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東京地方裁判所 昭和46年(合わ)124号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

但し、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人は、寺岡恒一らと共に在日アメリカ合衆国大使館(以下米国大使館という。)および在日ビエト社会主義共和国連邦大使館(以下ソ連大使館という。)に火炎びんを投てきする等して愛知外相(昭和四四年九月当時)の訪ソ・訪米阻止の意思表示をしようと企て、寺岡恒一ほか数名と共謀のうえ、

一、昭和四四年九月三日午後九時四八分ごろ、東京都港区赤坂一丁目一〇番所在米国大使館付近路上において、勝原陽児、渡辺道夫において、所携の火炎びん数本の布栓に点火し、同大使館に向おうとした際、これを発見し、制止しようとしてかけ寄つて来た警視庁赤坂警察署勤務巡査小長井秀也に対し、渡辺道夫が点火した火炎びん二本を投げつけ、もつて同巡査の右職務の執行を妨害し、右暴行により同巡査に通院加療約二週間を要する左膝部挫傷の傷害を負わせ、この間に、勝原陽児が、人の現在する右大使館の本館を焼燬する目的をもつて右火炎びん数本を右建造物に向けて投てきしたがその手前数メートルの地点に落下して、右びん内のガソリン等のみが炎上したに止まり、同建造物に延焼するに至らずしてその目的を遂げず、更にその後、同人において故なく右大使館(同大使館総務部長ロバート・イーベック管理)の敷地内に侵入し、右本館に「反米愛国」と表示した赤旗を取り付けようとして、同大使館正門東側の鉄柵にとりつきこれを乗り越えようとしたが、警備の警察官に発見逮捕されたため、その目的を遂げず、

二、前同日午後九時四八分ごろ、同都港区麻布狸穴町一番地所在のソ連大使館付近路上において寺岡恒一、東条孝市の両名において、人の現在する右大使館の建造物を焼燬する目的をもつて火炎びんを右建造物に投てきすべく、所携の火炎びん数本の布栓に点火して右建造物に近づき、もつて放火の予備をなし、

第二  一、(一) 勝原陽児、渡辺道夫において、前同日午後九時四八分ごろ前記米国大使館付近路上において共同して同大使館の財産および警察官の身体等に危害を加える目的をもつて兇器である火炎びん数本を所持して集合し、もつて他人の財産、身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し、

(二) 寺岡恒一、東条孝市において、前同日午後九時四八分ごろ、前記ソ連大使館付近路上において、共同して同大使館の財産等に危害を加える目的をもつて兇器である火炎びん数本を所持して集合し、もつて他人の財産、身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合したものであるところ。

二、被告人は、前同日午後八時ごろ、同港区港四丁目五番七号東京水産大学明鷹寮において、右(一)(二)の各犯行の用に供せしむる意図をもつて兇器である火炎びんの製造を勝原陽児に指示し、よつて同人をして右各犯行の用に現に供された火炎びん一二本位を作成せしめ、もつて右各犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

第三、被告人は、坂口弘が罰金以上の刑に該る強盗傷人の罪を犯し逃走中の者であることを知りながら、昭和四六年五月下旬ごろ、同都世田谷区太子堂一丁目一〇番三号真山正太方において、右坂口弘に対し逃走用資金として現金二万円を手交し、同人の逃走を容易ならしめて隠避したものである。

(証拠(標目)〈略〉

(判示第二の幇助犯と認定した理由)

判示第二に関する公訴事実の要旨は、被告人は寺岡恒一らと共謀のうえ、判示第二の一の(一)、(二)の各犯行をなしたというにあるところ、右が共謀による共同正犯として起訴されたものであることは検察官の釈明等に徴し明らかである。ところで、被告人は判示のとおり右(一)(二)の犯行前数日の間になされた東京水産大学明鷹寮での共謀に参画すると共に勝原、寺岡らの前掲犯行の用に供せしめる目的をもつて、同人らと意を意を通じたうえ兇器である火炎びんの製造を勝原らに指示したものであつて、自らは勝原ら及び寺岡らが、それぞれ兇器を準備して集合した米国大使館付近路上及びソ連大使館付近路上には赴いていない事実が認められる。そこで刑法二〇八条の二第一項の兇器準備集合罪の要件について按ずるに、共同加害の目的に関しては広く共同正犯と認められる型態によつて加害行為をなす目的があれば足りると解するにしても、実行々為の点については少くとも、二人以上の者が他人の生命・身体・財産に対し兇器を使用して害を加える目的をもつて一定の時刻に一定の場所に集つたという構成要件的状況下において、自らもその集合体に参加するという行為に及ぶことを要すると解するのが相当であり、実行の相談を目的として集合したに止まる場合は、右の構成要件的状況を欠如するものであつて、右法条にはいまだ該当しないというべきである。

してみると、被告人の所為は前叙のとおりであつて、いまだ兇器準備集合罪の共同正犯には該当せず、幇助犯と認めるのが相当である。(註釈刑法五巻一〇三頁以下、河井信太郎刑法各論四五講三三頁以下参照)

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一の一の公務執行妨害の点は刑法九五条一項・六〇条に、傷害の点は同法二〇四条、六〇条に、放火未遂の点は同法一一二条、一〇八条、六〇条に、建造物侵入未遂の点は同法一三二条、一三〇条、六〇条に、第一の二の放火予備の点は同法一一三条(一〇八条)六〇条に、第二の一の(一)および(二)の各幇助の点は、いずれも同法二〇八条の二第一項、六二条一項に、第三の犯人隠避の点は同法一〇三条に各該当するところ、右の公務執行妨害と傷害、並びに第二の一の(二)の兇器準備集合の幇助と放火予備とは、いずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから同法五四条一項前段、一〇条により、それぞれ一罪として、前者については重い傷害罪の刑で、後者については同じく放火予備罪の刑で処断し、以上の各罪についていずれも所定刑中懲役刑(但し放火未遂罪については有期懲役刑)を選択し、米国大使館に対する放火の点は未遂であるから同法四三条本文、六条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い傷害罪の刑に法定の加重をし(但し短期は減軽された放火未遂罪の刑のそれによる。)た刑期の範囲内において被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させることとする。

(執行猶予の理由)

本件犯罪が極めて重大なものであることは多言を要しないところであり、従来の被告人の活動経歴からするも、その刑事責任は決して軽くないといわなければならないが、被告人は判示第一の実行々為に直接加担したものではなく、謀議参加者としての刑責を問われているものであるところ、謀議に参加するに至つた経緯は、被告人が当時居住していた前記明鷹寮の三〇五号室が被告人が関知しない間に実行正犯者らによつて謀議の場として選ばれたことによるいわば受動的立場における偶然によるものであつて、普通にみられる主犯格の者が謀議をこらし、配下の者に実行々為を分担遂行せしめるといつた型態のものではなく、共謀共同正犯としての責任(但し、兇器準備集合罪は従犯)は免れ得ないとしても、その刑責には考慮すべきものがあるといわなければならず、判示第三の犯行についても、受動的な立場において行動していることが認められる。また被告人は本件犯行後の昭和四六年暮れごろから、いわゆる京浜安保共斗の活動のあり方に疑義を抱き、赤軍派との連合の後はこれと訣別を決意し、現在においてはその組織を離れ、故郷に帰り将来ともかかる活動をなすことなく平凡な市民生活をおくりたいと願うなど反省の情極めて顕著なものがあり、再び本件の如き犯行に出る虞がないこと、その他一件記録に現われた諸般の事情を考慮して刑の執行を猶予することとした。

よつて、主文のとおり判決する。

(近藤暁 桑原昭熙 濱野惺)

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